プロフィール

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photo By Madoka Akiyama

❏竹中 玲央奈(たけなか れおな)

文系フリーランスのメディア人。企画・編集・ライティング、webディレクションと幅広く。2012年~2015年まで大学スポーツ周りのサポート業や課題解決を行う㈱大学スポーツチャンネルに所属し、様々な業務をこなす(本当に色々やりすぎた)。心身ともに苦しい時期を過ごした後、フリーの身に。

 サッカー関係ではエル・ゴラッソサカイクサッカーダイジェストwebなどで執筆。㈱ビズリーチの運営する日刊キャリアトレックでIT企業、働き方系の記事を書いたり、教育関連の文章も書いたりしております。

現在は主に ㈱LinkSportsが運営するAZrenaの運営責任者を担いつつ、スマホアプリのマーケティングや営業にも従事。また、個人や企業のwebサイト制作・ディレクションや企業のオウンドメディア運営&編集も行っています。

エル・ゴラッソでは2012年、2013年度は湘南ベルマーレを担当し、2014年度から2016年まで川崎フロンターレを担当しておりました。現在も川崎を中心に、 男女大学サッカーや2種カテゴリにも出没し日本サッカーを幅広く取材中。

趣味はマグカップ集め、読書、音楽鑑賞、パン屋めぐりなど。好きな数字は32。 心のクラブはウェルダー・ブレーメンです。永遠のアイドルは巻誠一郎。

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ヴェーザーシュタディオンにも行きました。

 

1989年10月21日 19:34にこの世に生を受ける。出生地は確か埼玉の志木。 生後1年で父親の仕事の関係でシンガポールへ移住。人生の記憶はこの地で始まり、故郷という意識がかなり強いので、"出身地"を聞かれた際は決して生まれた地ではないけどシンガポールだというようにしている 。むこうの高島屋で迷子になった際、中国人の男性に助けられた経験あり。それもあって、反中意識は一般の人よりも薄い。 そして4歳~5歳でマレーシアはクアラルンプールへ。ここで人生を動かす第一の要素、"サッカー"というスポーツに出会う。 アトランタオリンピックの出場権をかけたサッカー日本代表がマレーシアへやってきたのだが、たまたま代表チームが自分の通う日本人学校のそばのホテルへ宿泊し、学校の校庭で練習をすることになった。芝だったので。 そういうこともあって試合を見に行ったりするうちにサッカーに対して興味を持ち、遊びでボールを蹴るようになる。

 そして6歳、小学校2年生のときに学校のクラブチームに入ろうとしたところで日本へ帰国。横浜に居住地をうつし、地元のチームへ入ってサッカーを始めた。初めて見たW杯は1998年。最初に好きになった海外の選手は、イタリアのビエリ。 それ以来、サッカー一筋。中学、高校と地元の公立校でサッカーを続け、大学ではサークルに留まった。小3の頃、松井秀喜に憧れて一度野球に浮気をしかけたが、父親の説得にあい断念。ちなみに父親は帝京高校サッカー部出身。

現在の仕事につながる原体験が実は小学生時代にある。家にあったNumber「サッカー 百年の記憶」を読んだのだ。そこで"スポーツの雑誌"の面白さを知り、Numberの読者に。そして読み進めていく中で「スポーツの文章ってこんなに気持ちを熱くさせるんだな」「こんな文章を書けるようになりたい」と思ったのである。

 

 高校時代、人生を動かす第二の要素、"世界史"に出会い、没頭。その中で特に現代史に強い関心を持ち、勉強する中で世界の理不尽さや"自身がいかに恵まれた環境に置かれているか"ということを考えるようになる。そして現代史を勉強する中で"ユーゴスラビア紛争"を知り、この地域の情勢に異常なまでに関心を示すようになった。そこでなぜ1998年に初出場を果たしたクロアチアのボバンやスーケルがユーゴスラビア代表としてのキャップ経験があるかを知り、国際問題とサッカーは深く繋がっているものだと思うようになる。 サッカー×国際関係をテーマに、サッカーから国際関係を、国際関係からサッカーを紐解くことを研究テーマとして打ち込もうと、成蹊大学文学部国際文化学科に進学。第一志望は立命館大学の国際関係学部だったのだが、無残にも散った。ちなみに成蹊大を受けた理由として、"図書館の凄さ"が大部分。読書は昔から好きなのだが、公文式の国語で色々な文学作品に触れたのがきっかけである。大学時代は好きな勉強以外のモチベーションは皆無で、GPAの最低値も1.8(最高は4.0)。

 人生を動かす第三の要素は、"旅"。自転車で北海道へ行ったり、青春18きっぷを使って5日間で北九州まで行ったり…。ヨーロッパ1人旅は2度行い、2度目には旧ユーゴスラビア諸国をいくつか回った。そこで出会った様々な人の話を聞いたりするうちに、将来像を考えはじめ、10歳の時より憧れを持っていた"伝える仕事"をやりたいのだと再確認。もちろんそれで発信するのは、サッカーと、国際情勢。そういうことが出来れば、大学時代の研究を生かすことが出来れば、と思いつつこの2つを軸に活動していこうと決断。 そして、紆余曲折を経て希望していたサッカー業界へ入り込むことに成功。現在に至る。

 では、楽しんでいってください。

 

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